秋田北報社

2020年9月24日付記事

「こひ様」扇田神明社へ

講中、高齢化で例祭困難に
 
御神体の魂抜く昇神の儀行う
 
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唐松神社金勢堂から御神体の魂を抜く昇神の儀

 大館市比内町扇田地区で24日、「子宝の神様」として信仰が厚い唐松神社金勢堂から御神体の魂を抜く昇神の儀が執り行われた。講中の高齢化に伴い例祭の継続が困難となり、お堂ごと扇田神明社に移築するための儀式。町名の由来にもなっている金勢様の引っ越しを惜しむ声が住民らからあがっている。

 唐松神社金勢堂の由来は諸説あるが、旧比内町教育委員会がお堂前に設置した歴史案内板によると、金勢堂は旧市川金勢町にあり、市川村時代に同村の肝煎分家・川上勘之丞が守護神として祀ったのが起源とされている。旧町名の金勢町はお堂の名に由来していて、現在も金勢堂がある通りや小路は、「こんせいまち」から訛った「こひ町」、金勢様は「こひ様」と呼ばれている。

 お堂には男女を象徴する陰・陽二根が祀られ、うち陰根の淡島様は、子宝を妨げる婦人病退散を守護する少彦名の神、男性の陽根は生産を祈願する神として崇拝。うち陰根は別の場所に移され、高さ約70aの石製の陽根だけ祀られている。信仰が厚く、今なお扇田地区住民をはじめ近郊の信者らが「こひ様」に参拝に訪れている。

 移築計画は一昨年十月に開かれた例祭後の直会で持ち上がり、講中の高齢化で祭りの存続が困難だと判断。御神体の金勢様については、例祭の神事が可能な扇田神明社境内に、お堂ごと移築することにした。

 御神体の魂を抜く昇神の儀は、同神明社の長岡博司宮司が斎行。川上家や唐松神社金勢堂講中(明石日出一代表)が参列し、住民らが見守るなか神妙に執り行われた。

 引っ越し先の同神明社境内では基礎工事が完工しており、この日、お堂ごと同神明社に移されたあと、床など老朽化した部分を後日、修繕することにしている。

 付近に住む七十代男性は「幼少の頃からこひ様を見て育ってきたので、移るとなると寂しい気持ちだ。でも扇田神明社は近いのでひと安心している」と惜しんでいる。講中として最後となる例祭は十月十五日、引っ越し先の同神明社で執り行われる。

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